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IdliとDosaiの発酵学まとめ

はじめに
idliとdosaiは主に南インドで朝食や軽食(tiffin)として食べられる食品である。スタンダードなidliとdosaiの主要な原材料は、米と豆(ウラド豆, black gram dal)と水である。それらをペースト状に加工し、一晩程度の時間放置すると発酵により体積が増え生地ができあがる。

idliやdosai生地の発酵は原材料の豆と米に付着しているある種の菌の働きによる。基本的には野生の菌による発酵である。発酵した生地は、idliの場合は最終的に蒸され、dosaiの場合は鉄板でクレープ状に焼かれることで完成する。発酵による独特の効果がidliとdosaiの食品としての味、香り、食感を特徴づけている他、発酵によって栄養面においても食品としての価値が高められる (Reddy et al. 1981)。

idliやdosaiの生地作りを自分でやってみると分かるが、発酵については色々と謎が多いし、肉眼では見えない微生物が何かをしていることは想像はできるが、どこか得体の知れないところがあり、レシピにも怪しげなおまじない的な要素が顔を出すこともある。しかしidliやdosaiの発酵については学問的な研究が進んでいる。それらの結果について知っておくことは、idliやdosaiの生地作りに役に立つかもしれない。

ここでは過去の研究をいくつか引用しidliとdosaiの生地発酵に関わる重要な研究成果をまとめておく。最初に、idliとdosaiの発酵において最も重要な役割をもつ乳酸菌について、さらに酵母菌についてまとめる。次に、発酵のために最も重要な物理環境条件として温度についてまとめる。さらに、菌株の重要性について述べる。

内容については、なるべくピアレビューのある文献を参照し可能な限り私見や憶測を排除して記述するようにした。ただし、私は生物学はおろか、菌や発酵についての専門家でないことに注意してほしい。事実でないことや、正確でない記述があるかもしれない。その点は勘弁してほしい。もしその様な点があったら指摘をしてほしい。この文章をより良くするための建設的な指摘やコメントは歓迎する。

発酵: 乳酸菌
一般に「乳酸菌」とは発酵の結果、炭水化物から乳酸を5割以上生成する細菌のことを指す。現在250種類以上の乳酸菌の存在が認められている。1960年代に行われた複数の研究でidliとdosaiの生地の発酵には少なくとも次の3種の乳酸菌が重要な働きをしていることが調べられている。

 ・Leuconostoc mesenteries
 ・Enterococcus faecalis *
 ・Pediococcus cerevisiae

・Mukherjee et al. 1965より, *当時はStreptococcus属に分類

生地には常に複数の種類の乳酸菌が共生している。発酵の条件や段階でどの種類の乳酸菌が優占するかは変わる。これらの乳酸菌の働きが生地の形成にどのように関係しているのかは色々な研究で調べられている。乳酸菌による発酵の主な役割としては、発酵によって生成される乳酸による酸味である。また同時に生成される二酸化炭素(ガス)とエタノールによって生地全体の質感や風味に影響を与える。

乳酸菌による発酵の過程についてもう少し詳しく書いておく。乳酸菌を生物としてとらえると、彼らは炭水化物(糖質)を餌に活動のためのエネルギー(ATP)を得ている。すなわち、代謝を行っている。代謝の副産物として乳酸や二酸化炭素、さらにエタノールを生成する。

より一般的には、乳酸菌による糖質の発酵には次の2つの経路が存在する。

 1) ホモ乳酸発酵: 糖質→ 乳酸 + 2ATP 
 2) ヘテロ乳酸発酵: 糖質→ 乳酸 + エタノール + 二酸化炭素 + ATP

どちらの経路で発酵が行われるかは基本的には乳酸菌の種類によって異なる。例えばヨーグルトで有名なブルガリア菌(学名: Lactobacillus delbruecki subsp. bulgaricus)はホモ乳酸発酵である。そして、idliとdosaiで活躍する乳酸菌の一種(学名: Leuconostoc mesenteroides)はヘテロ乳酸菌発酵である。

ヘテロ乳酸発酵の特徴は、その発酵の過程で乳酸のほかにエタノールと二酸化炭素を生成することである。これらの生成物がidliとdosaiの生地形成に重要な役割を果たすことは既に述べた。実際には、このような乳酸菌の発酵過程は、いくつかの酵素の存在と中間体を介すため、もう少し複雑である。機会があったら別記したい。

発酵: 酵母菌
idliとdosaiの生地の発酵に乳酸菌による発酵が大事なことは先に述べたが、1980年代の研究で乳酸菌の働きに加えて酵母の役割が注目されて調べられた。Soni et al. 1986によると、主に次の3種類の酵母菌が現地マーケットでサンプルされた生地や実験室で作成されたidliの生地で高い割合で発見されている。

 ・Saccharomyces cerevisiae
 ・Debaryomyces hansenii
 ・Trichosporon beigelli

発酵中の生地において、これらの酵母菌は、必ず乳酸菌と共存しているが、乳酸菌より数において優占することは無いようだ。この点でIdliとdosaiの発酵は乳酸菌による発酵が主であると言えるが、酵母菌による発酵も一定の役割があると言える。

酵母菌は、パンやビールの発酵でもおなじみの菌である。例えばSaccharomyces cerevisiaeという種類の酵母菌は出芽菌(いわゆるイースト)として知られパンやアルコールの発酵に良く用いられている。

idliとdosaiの場合、これらの酵母菌は乳酸菌と同様に原材料の豆と米の表面に付着しているものに由来する。idliとdosaiの発酵における酵母菌の役割は、やはり発酵による生成物であるエタノールと二酸化炭素による生地への風味や質感を特徴付けることである。酵母菌による発酵は、乳酸菌の発酵とは異なる。乳酸菌による発酵は乳酸発酵で乳酸を生成することが特徴であるが、酵母菌による発酵はアルコール発酵で、エタノールと二酸化炭素が生成されるのみで乳酸は生成されない。

発酵: 温度と時間
温度は発酵に限らず生物にとって最も重要な環境条件であると言える。実際に低すぎる温度では発酵はしないか、したとしてもその速度は遅くなる。温度は高すぎてもいけない。菌はそれぞれの種類で増殖するのに適切な温度が決まっている。乳酸菌の場合、動植物や野菜などの食品にも分布するため、我々の活動する温度範囲(およそ18〜30℃)で増殖する種類が多いようである。例えばidliとdosaiに重要なLeuconostoc mesenteroidesが属するLeuconostoc属ついては20〜25℃とされている。また乳酸菌は40℃以上で死滅してしまう。

idliとdosaiの生地の発酵は現地(南インド)では常温で行われている。南インドは気温が高いので30℃以上の気温を指定するレシピも多い。またインドにも季節があり温度は季節によってことなる。Soniらの研究で面白い結果が示されている。ドーサ生地の酵母菌の数は季節によって大きく異なるということだ。夏と冬とでは、気温の高い夏の方が酵母菌の数が少ないという結果が示されている。一方で乳酸菌の数は夏と冬でもそれほど違いは無い。酵母菌は、乳酸菌と比べて温度環境に敏感なようである。

発酵: 酸素, 糖質以外の栄養
生物と空気との関係について述べておく。生物には酸素を好むかどうかで「好気性」と「嫌気性」に分けられる。言わずもがな我々人間は好気性の生物である。

乳酸菌を含む多くの真正細菌生物 (Bacteria)は「通性嫌気性」と言って、基本的には酸素が少ない状況を好むが、酸素がある状況でも栄養があれば死滅することはない。酸素の多い空気中に保存される食品に付着した状態でも生きて入れるのはこのためである。しかし、菌の数が増えて食品を発酵させるには酸素が少ない環境になければならない。酸素が豊富な状況では、逆に好気性の微生物が優勢で、これはカビなどに代表される真菌類に相当する。酵母菌は実はこの仲間であるが、彼らは「通性好気性」と言って、酸素の無い状況でも増殖できアルコール発酵を行う。

idliやdosaiの場合、材料の豆と米を水に浸水させることで酸素が少ない条件を得て乳酸菌と酵母菌が増え始める。

乳酸菌や酵母菌は、糖質を発酵させ代謝を行っていることは述べたが、実際には糖質のほかにも、たくさんの種類の栄養を必要とする。乳酸菌の場合、各種のアミノ酸、ビタミン, ミネラルなどである。種類によっても栄養要求は異なる様であるが自然では付着している植物や食品などからそれらの栄養を得ている。

発酵: 菌株の重要性
ここまでで、乳酸菌と酵母菌の働き「発酵」がidliとdosaiの生地作りにとても重要であること、また、たくさんある種類の乳酸菌, 酵母菌のなかでも、いくつかの特定の種類の菌が関わっていること。さらに、それらの複数の乳酸菌, 酵母菌の種類が共存していることについては述べた。次に菌の種類からさらに分類された菌株の重要性について述べる。

実は菌株についてはidliやdosaiについて関連した文献は見つけられなかったが、乳酸菌や酵母菌を用いる発酵食品(乳製品やパンなど)に関する一般論としては共通した概念だと考える。 ところで細菌に限らず生物の種の学名は二名法によって表される。二名法では、必ず1種類の生物に対して他と重複しない1つの名前がつけられることになっている。表記の仕方には規則があって、ラテン語の属名と種名をイタリック(斜体)で並記する。

例えば、idliとdosai生地の発酵に重要な乳酸菌のひとつLeuconostoc mesenteroidesは、Leucnostocが属名で、mesenteroidesが種名となる。L. mesenteroidesと属名が略されることもある。

しかし実際には、さらに細かな区分けが存在する。それは、我々ヒト(学名: Homo sapiens)という生物種においても、実際には我々がそれぞれの個性や能力を持つこと同じことである。乳酸菌や酵母菌の場合、それが株(strain)にあたる。人間は、乳製品やパンの分野において特に、自らの好みに合うような菌株を特定し、それを分離し栄養を与え培養して大事にしてきた。分離され培養された菌たちは同じ遺伝情報を持つクローンであり基本的には同じ能力を持つ。それらの利用は安定した乳製品やパンなどの製造に欠かせないものとなっている。

idliとdosaiについても、安定した風味を求めるのであれば、究極的には菌株をコントロールすることが必要かもしれない。

さいごに
以上、素人ながらに文献を読みまとめた内容である。なるべく科学的な根拠が信頼できる文献から引用したものであり、一定の信頼性があり、より良いidliとdoaiの作成を目指すひとにとっては価値があるものと信じる。実際に、私にとっても、このような学術的科学的な成果を知る事で、良く知らなかった発酵について具体的なイメージを持つことができたし、それを基にいくつかの新しいアイデアを得る事ができた。それはとても楽しいことでもある。

しかし、同時に、実際に料理をする上ではこういった学術的な研究成果というものに縛られすぎてもいけないとも思う。特に発酵については、その現象の複雑さに対して、まだ十分な研究は行われていない。さらに自然に存在する菌を利用するidliやdosaiについては、複数の種類と株が混在しそれらが複雑に相互作用をして生地を形成していると考えられる。それらの全てのことを将来的にも我々が科学的に掌握し理解ができるようになるかどうかは、自分には分からない。

料理をする上では、もうすこし感覚的に発酵という現象をとらえて良いと思う。idliとdosaiの生地がうまく発酵をしてふわふわに膨らんだ様子をみるのは楽しいし、何よりも、発酵の風味がついたidliやdosaiが出来上がるのはこの上のない喜びである。大事なのは両方のバランスである。手段はともあれ、発酵を理解しようという真摯な姿勢には、きっと菌達も答えてくれるはずである。


プロフィール

kuma
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curry315

あー。ナマステ。curry315です。 カレーを中心とするスパイス料理が大好きです。お店で食べたり、自分で作ったりして、うまいとか言ったり言わなかったりしてます。名古屋市在住。 カレーサイコー!!

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